佐藤勝利に出戻りしてしまった自分の話

 
 
 
勝利担に出戻りしてしまった。こんなブログ書くのどうなのよ、って自分でも思うけど、お願い書かせて。スーパー自分語りな自覚はある。ていうか、出戻りをした自分について書きたいんだから、自分語り以外の何でもない。ただ、まとまらないこの気持ちをぶつける場所がどうしてもほしい。
 
 
 
 
 
 
 
たぶん、ちょうど一年くらい松島担をして、勝利に出戻りした。その前に勝利担をしていたのは半年くらい。2014年の暮れに勝利がきっかけでSexy Zoneにはまって、Cha-Cha-Chaチャンピオンの頃に松島担だって名乗った気がするから、たぶん本当にきっかり一年くらい松島くんを基軸にした。
 
 
 
最初にちゃんと言っとくと、この出戻りは松島くんから興味を失ったとかそういうんじゃない。松島くんのこと、自分でもきもいなって思うくらい、大好きで、尊敬してて、愛してる。
 
ただ、私の中のアイドルに対する欲求が変化した。そういう話なんです。
 
 
 
私はSexy Zoneが初めて好きになったジャニーズだから、ジャニオタになって一年半。
 
アイドルに求めるものを模索した期間だったんじゃないかなあ、って思う。少し前に、私こんなツイートしてた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ジャニーズは、アイドルは、自分にとって一番遠い存在でした、一年半前まで。
 
きらきらして、眩しくて、少しだけ恥ずかしい世界だった。抽象的で、いるのかいないのか分からない偶像が、アイドルだと思っていた。アイドルは回りがアイドルに仕立て上げるものだと考えていたから、そういうファン含めて自分には縁のない世界だと思っていたよ。けれど、圧倒的な佐藤勝利の美しさがきっかけで、Sexy Zoneを好きになった。今まで自分の中になかった世界を知った。アイドルを身近なものとして認識するようになった。けれど、そこから私はまた元の偶像としてのアイドルに原点回帰した。ここ最近の話。
 
これが、一連の流れ。私は「アイドルは偶像である」っていう前提のもとに佐藤勝利に引き込まれて、その前提をまた見つけなおすと同時に佐藤勝利に出戻りした。
 
 
 
じゃあ、松島くんを担当にした一年は何だったの?って思われると思う。でもね、あのね、お願い言わせて。松島くんを好きになったのは、嘘じゃない。
 
すっごく言い訳みたいにきこえるかもしれないけど、松島くんに飽きたんじゃない。嫌いになったんじゃない。松島くんを確かに好きになった自分はいるの。少し前に私は、こんなブログ書いてる。
読まなくても、この文章は全然繋がる。し、私も恥ずかしいから、ちょっとリンクを載せるのためらった。
なんとか羞恥に耐えながら読み返したけど嘘はなかったよ。私は確かに松島くんが好きだった。そして今だって好き。
 
でも、今の状況を言い訳するなら「心境の変化」って、ほんとに、それだけなんだと思う。
 
どうしようもないくらいの自分語りなんだけど、去年一年間、私生活で大きな変化があって、勝利くんどころか結構まじでアイデンティティを失った。とっても、とっても恥ずかしい表現だけど。そこで私が縋ったのが、松島くんだったんじゃ、ないかな、とか。以前自分が書いたブログを読んだけど、私自分と松島くんが似てるって感じてた。なんて傲慢なんだろうって自分で思う。でも私は「普通の女の子」である自分、どころか「普通にすらなれないような気がする自分」にコンプレックスを抱えている。だから、「普通の男の子」が「アイドル」になっていく物語を持つ松島くんを好きになった。ほんとうに、ほんとうに恥ずかしいけど、松島くんに自己投影をして、自分を保とうとした。恥ずかしい。恥ずかしくて辛 い。ただ、私は、努力の人である松島くんを尊敬して、こうなりたいと思ったんだよ。それが一年間松島くんを見つめた動機なんだと思う。
 
 
 
私、たぶん松島くんを消費した。自分でも認めたくないけど事実だと思う。けど、許してほしい、お願い。松島くんを好きだった時間は間違いなく自分のものだった。松島くんを担当とした一年間は、気分による寄り道じゃない。松島くんを好きな私は存在したし、今も存在する。それは違うベクトルでアイドルを見る自分なんだと思う。
 
 
 
佐藤勝利の圧倒的な美しさがきっかけで、私は知らない世界に飛び込んだ。Twitterを始めたり、ブログを読んだりして、いろんな人の見るSexy Zoneを私も見た。そこには、私が好きな佐藤勝利もいたし、知らない松島聡もいた。そういうものを少しずつ吸収していくうちに、「自分が好きになった佐藤勝利」を見つけ出した。それは同時に自分のアイデンティティを認識することでもあったような気もする。私にとってはね。
 
 
 
だから、私は佐藤勝利に出戻り、してしまう。
 
 
 
あとそう。自分がこの一年でより音楽にかかわるようになったこともちょっとだけ関わっているかもしれない。私は10年以上音楽は続けていたけど、元々関わっていなかったジャンルに1年前から関わってる。そういうとこでも、勝利は自分がくすぐったく感じるものを与えてくれるから、好きなのかもしれない。
 
 
最後にね、松島くんにしろ勝利にしろ、変わらないのは私はアイドルにあこがれを抱いているって事実。アイドルはアイドルとして消費するものだということは分かっているつもりだけど、それ以上の内面を理解しようとするとこが自分はある。無理なのにね。
 
でもこれが、私が考えてる「アイドルは偶像である」ってことなんだと思う。
 
佐藤勝利は、ひたすらに美しい偶像として、私のなかに存在している。恵まれた容姿と、はかれない内面をもった美しい偶像。それが私にとっての佐藤勝利で、出戻りを決めちゃった男なんだなって、思う。
 
 
そういうわけで、勝利担に、なりました。愛想尽かされそうだけど、どうか許してください。